スパシス(完璧な妹)なんて幻想だ

 右手の平にまとわりついた冷やりとした空気を感じながら、ついさっきまでそこにあった温もりをふいに思い出す。

「理子はどこだ――」

 ついさっきライド型のアトラクションから落ちた時のことを思い出す。落下している瞬間にも右手の感触があったことははっきりと覚えている。であるならば、妹もこの異界に紛れ込んでいてもおかしくないということだ。

 妹は勝手に助かる。これは春人の偽らざる本音である。そう思えるだけの理由もある。過去に妹が迷子になった時が何度かあった。だがいつの間にか妹は両親のそばに戻っていて、迷子の扱いを受けたのは自分だったということが多々あった。何を言っているのかわからないかもしれないが、要するに兄として変な気を回す必要なんてどこにもないという話だ。それも一事が万事。

 妹は誰からも優しく話しかけられて、周りの善意でもって勝手に助かる。大戸理子はそんな人間だった。地球上で人間に囲まれて生きている限り、妹は絶対に大丈夫だと思っていた。――あの事故があるまでは。
 いや、事故のことを抜きにしても、もしこの異界に紛れ込んでいたならば、妹が助かる保障なんてどこにもない。今まで自分が見聞きして、感じてきたことが通用しないのだから。

 春人はとっさに辺りを見渡して、妹らしき人影を見つけようとするが、それらしきものにヒットはしなかった。それもそのはずで、目を覚まして以来、人間というものを見かけていない。
 目に映るのはカッパのような何かばかりだ。空にカラカラと音を立てて飛ぶ、巨大な鳥のようなものもいたが、これは無視していいだろう。
(あれはどういう理屈で飛んんでるんだろう? 何でもありって本当に何でもありなんだな……)

 どうしたものか。こういう時は人に聞いてみるのがてっとり早いか。そんなことを考えながら、手近にいた人――カッパのようもの――に擦り寄り、そっと声をかけてみる。
「――あの!」
 カッパはのそっとした動きで、無いはずの首をくるっと捻って、こちらを向き直す。
(良かった! 言葉は通じてるようだ)
 難しい言い方をしてしまっては伝わらない可能性もあるので、なるべくシンプルな言葉で質問をしてみる。
「人間の女の子を探してます!」
明朗して快活。これ以上ないシンプルなメッセージを耳にしたカッパは、その途端に恐ろしいものでも見るような目で、そそくさと走り去っていった。
(言葉は通じてるんだよな? 音としては何かしら伝わっているものとして。内容の問題なのか)
 続いて同じように近くにいたカッパに同じような質問をしたら、思いっきり無視されてしまった。
(何でもできるような気がした矢先に、これじゃキツイな……)
 ええい、ままよ。街道を闊歩する全員に聞こえるように、大きな声で呼びかける。
「人間の女の子を見ませんでしたか! 妹を探しています!」
道往くカッパたちは一斉にこちらへ視線を送ってくるが、正に蜘蛛の子を散らすように離れていく。怪訝そうな顔――表情なんてよくわかんないけど――で足早になっていくカッパたちを見て、春人は絶望的な気持ちになる。
(そもそも妹も一緒にこの異界にいるのかどうか確証はない訳だし)
 根本から状況を見つめなおしてみようかと、思いを巡らそうと重たい頭を持ち上げようとした刹那、世界が回った。
 とっさの出来事に慌てふためいていたが、落ち着いて目を開けてみると、自分の足が地面を引きずっているのがわかった。何者かに首根っこを掴まれた状態で、ズルズルと街道から外れた小道に引きずり込まれていた。
 体が自由になったのを感じ、ぐるりと向き直すと、そこには一匹のカッパが背中を向けて立っていた。

BGM Info

アーティスト紹介
msy-t
得意ジャンル
オーケストラ調
心掛けてる事
聞いてて楽しい?と考える