漢字を書き間違えちゃう奴

「――おめぇ、何のつもりんなん?」
 正面にいる背中が疑問を投げつけてくる。
(おぉ、しゃべってる内容はわかるけど癖があるな)
 この背中ことカッパは一歩、二歩と足を運ぶ。カッパは体を向き直し、先程と同じトーンで再び疑問を投げかけた。
「言い方変えよか。おめぇは人間の妹を探しとんのんか?」
 そうだ、と春人は強く頷く。
「フム……」
 カッパは踵を返し、また一歩、二歩と進む。上体を左右に揺らしながら歩く姿はペンギンのようだ。足元に落ちていた長めの木の枝を拾い、その先端を地面にそっと置く。
 深く考えこんだ様子に見えるが、いかんせん背中から読み取れる情報なんて知れている。
「その人間の妹とやら、一緒ん探しちゃろうか?」
 木の枝を装備した背中から好意的な申し出があったことに、春人は素直に嬉しく思えた。たとえそれが何か思惑があっての行動であったとしても、この異界に来て初めて触れた善意だ。嬉しくないはずがない。何より右も左もわからない世界で、現地の人から協力を得られるというのは非常に大きい。
「よろしくお願いします。この辺のこと分からないことだらけなので、色々教えてもらえると嬉しいです」
深々と頭を下げる春人。カッパはそれに正対し、うんうんと頷く。

「ところで坊主。名前なんていうんな?」
 見た目から歳の差が分からないだけに、この辺の関係性は早めに掴んでおきたい。
「大戸春人(おおどはると)です。大小の大きいに、戸棚の戸。春夏秋冬の春に、人間の人です。春生まれなんでって爺ちゃんが付けてくれました」
 実際にはいろんな候補があって、爺ちゃんの案はその一つだったらしい。春に生まれたから人間だから春人って安直すぎやしないかと両親に苦情を言ったことがあったが、文句は爺ちゃんに言ってくれといなされた。爺ちゃんの所に行ってみれば、決めたのはあいつらなんだからワシの所に来られても困るとのことだった。
 ちなみに秋に生まれた妹は、秋子にならなかった。爺ちゃんの第一候補は消された訳だ。とは言っても第二候補――理子――が採用されてるあたりが爺ちゃんらしいと言えばらしい。「理」っていう漢字が持つ親しみやすさや、その字が持つ意味の深さっていうものを考えると、妹には合っていると思った。
 第二候補に高評価を付けた身としては、自身の名前の他候補についても聞いてみたりしたが、両親にはやんわりとはぐらかされた。別の機会に、爺ちゃんに聞いてみたら、はっきりと断られた。名前というものは、その人間の幹になるべきものだから、いたずらにあったかもしれない可能性を探るべきではないとのことだった。逃げ道を作るな的なニュアンスだった気もする。

「さって、次はわしの番じゃが――」
 先程拾った木の枝で、カッパはスルスルと地面に文字を書いていく。
(さっき名前の紹介に漢字の説明を付け加えたけど、そこで特にひっかかりがなかったってことは、同じような文字を使ってると思っていいのかな)
「たましいの……」
 春人は目の前で書かれた文字を音読してみる。
「ふぶんつ?」
 自分の見間違いかなと思い、語尾の所で頭を傾けてみたが、どう見ても「律」じゃなくて「津」だった。
「不文律じゃ! 魂の、ふ・ぶ・ん・り・つ! 小屋で習ってこんかったんか!」
「――いや、ここ左側がさんずいだよね。どう見ても」
(ぐぬぬってしてる顔はすごくわかりやすいんだな)
 このカッパはどうやらいちいち格好つけるきらいがある。見ず知らずの人間に対して、背中を見せながら話を始めてる時点で、ちょっとアレだよね。
(変な名前なことも突っ込んだほうがいいのかな。いや、現地だとそれが当たり前だと流石に悪いか)
「ふぶんつ」
「ふぶんりつ!」
「ふぶんつ」
「ふぶんりつ!」
「ふぶんつ!」
「ふぶんつ!」
「――!」「……!」
 なかなか話がわかる面白いカッパじゃないのと春人は破顔した。不文津もギュイギュイ言いながら、たぶん笑ってた。そこまで大して拘りもなかったのかなと思ったが、ニックネームのようなものだと考えれば、関係を縮めていくには良かったのかもしれない。
 じゃあ、ワシはハルと呼ぼうか……と不文津は左手を差し出してきた。利き腕じゃない方の手でする握手って、こうロボットっぽい動きになるのはなんでなんだろうなと詮ないことを考えながら、目の前で互いに握られた手を眺めていた。
 一笑いして、さてこれからどうしようかという空気になった時、正にタイミングを見計らったかの如く、街道脇の細道によく通る声が響き渡った。

「全て聞かせてもらった――」
 どこから声がしたのかと辺りをきょろきょろと見渡していたら、上からカッパが降ってきた。
「拙者の名前は、佐左エ門時國(さざえもんときくに)と申す。故あって春人殿に助太刀したい。如何か――」
 第二の現地人は、普通の名前のカッパだった。

BGM Info

アーティスト紹介
L-side
得意ジャンル
ロックン・ロール
心掛けてる事
あくまでシンプルに