佐左エ門の申し出を断る理由は特になかったので、協力してもらうことになった。その時に不文津がやけに固い顔をしていたのが気になったが、別段問題ないとのことだった。
人間をさらう賊に心当たりがあるという不文津の話から、ひとまず大井戸幕府の城下町で準備を整えることになった。
道中で不文津や佐左エ門から聞いた大井戸幕府の話は、新しい世界を開拓していくような気持ちでとても面白かった。
まずは、伽羅倶梨<からくり>の話。
自分の持つ時代劇の知識と決定的に違う要素はここだ。カッパが闊歩する世界で何を言ってるんだという話だが、そこは一旦置いておいて欲しい。なおここでの時代劇の知識というものも、今は亡き爺ちゃんから聞いた断片的なものという程度なので、あまり期待しないでもらいたい。
話を戻すと、この伽羅倶梨<からくり>というのものは、オーバーテクノロジーっぽい匂いがぷんぷんするのだ。
体験した一例を挙げると、まずは城下町の道具屋を訪れた時の話。最初は自分の中では余りにもありふれた光景だったので一瞬気付かなかった。
先頭を歩く佐左エ門が、戸に手をかけることなく道具屋へ入っていく――。
少し離れていたため、一旦は戸が閉まる。続いてこれから入ろうとしたのに、店員も親切なんだか不親切なんだかと思いながら、道具屋の前に立ち、戸に手を掛けようとしたら、同じく勝手に戸が開いてくれる。
店内に入り、何気なく入り口側へと視線をやると、辺りには誰もいない。
まさかと目を白黒させていたら、不文津が田舎の小僧っ子には珍しいんかのと、人を小馬鹿にするタイプの石――そんなものあってたまるか――みたいな顔をして、小躍りしながらこちらをからかってくる。
要するに、自動ドアである。
小馬鹿にされたことよりも、どういう仕組みで動いているのかが気になっていたら、その道に明るいということで、不憫なものを見るような目で、不文津が丁寧に説明してくれた。
自動ドアのようなセンサーを用いている訳でもないみたいで、入り口付近の重量が一定値を超えると、ピタゴラスイッチ的に――実際の不文津の説明ではほとんど理解できなかった――内部の歯車や弦が動いて、アレがああなって、コレがこうなって、最終的に戸が自動で開いたり閉じたり、ということらしい。
表に出てみれば、確かに街中の至る所で大なり小なりカラカラコロコロという音が聞こえてくる。自動ドアに限らず、この伽羅倶梨<からくり>は、大井戸幕府領内での生活で大きな役割を果たしている。
中でも一番気に入ったのは、雲海水耕栽培だ。一言で説明するなら「水だけで野菜を栽培しよう on the 雲」って感じだ。どうやら大井戸幕府では永く食糧不足が続いているらしく、これを解消するために開発されたらしい。自動戸については自然に受け流してしまいそうになったが、こちらはインパクトの度合が半端じゃなかった。
談笑をしながら街道を歩いている時、危ないぞと不文津が注意してきたので、その声を受けて、前方の通行人とぶつかってしまうのかなと勘違いして前方に顔を上げたら、なんと空から二の腕くらいの大きさの人参が降ってきた。
空から降ってくるのは佐左エ門だけにして欲しい。
転がった人参は、正にネコババをしているといったような動きで不文津がそそくさと拾っていたが、どうやら規定値の甘みを超えた野菜は雲から落ちてくるらしいのだ。拾ったもん勝ちなのは、落ちてきた野菜で怪我をしてしまっても、メーカーに文句を言わないでねということらしい。一番美味しい所を早出しの試供品にしてしまうあたりが憎いですよね、とは佐左エ門の弁。収穫を終えると雲海単位で問屋に流れるということだから、人気のある雲の形を模写したものが、かわら版にも掲載され人気を博しているという。
このとんでもテクノロジーの伽羅倶梨<からくり>だが、大井戸幕府の当代当主になってから、目まぐるしいスピードで発展していったらしい。この5代目にあたる当主――大井戸家信――は開明的であることでも知られ、市井からも広く伽羅倶梨<からくり>の技術者を集め優遇している。これで食糧問題は一時的に解決したかに見えたが、そこから幕府は新たな問題を抱え込んでしまうようになる。
人口――カッパ口――の爆発的な増加。
生活の利便性が上がり、生きるためにすることが減っていくと、生まれるためにすることが増えていくみたいで、この抑制には幕府も手を焼いている。市井の暮らしを良くしようとした結果、食糧難と人口増加が追いかけっこをしてしまうというは何とも皮肉な話だ。
このお人好しの5代目はとんでも政策の見本市のようなカッパらしく、どうにもいけ好かないと不文津は語る。
救うべき弱者は、ここにもいるのだと。
「昨日だって富くじガチャ――いわゆるギャンブル――に全ツッパいったのに、確率の期待値より遥かに少ねぇ額しか戻ってこんのよ。何遍も何遍もそんなんあり得るかぁ? 絶対あんなん伽羅倶梨やってるって。出んように伽羅倶梨やってるって」
ギャンブル依存症の人も救済して欲しいって話かな? なんて思いながら、ブツブツと文句を垂れる不文津を横に、とんでも政策は他にもあるのでして――、といつの間に近付いていた佐左エ門が口を開いた。
――人類憐れみ令――
当代当主によるお触れである。これにより異界・外海から入ってきた人類は禁猟指定にするとのこと。生産から流通まで、これに関わった者は一族揃って獄中行き、または流刑地送りとなる。春人殿が人間を探していると申された時の、周りの反応は如何でしたかと言われ、一瞬背筋が凍った。大丈夫なんでしょうかという問いに、佐左エ門はそれぞれのご事情もありましょうと薄い笑いを浮かべていた。不文津は花崗岩みたいな顔をして、その沈黙でもって同意していた。
ちなみに禁猟指定される以前は、普通に食用として流通していたらしい。基本的にカッパは雑食で悪食らしく、またレアモノに目がないグルメなのだという。お上にダメだと言われて、ハイそうですかとならないのは世の常らしく、以前から禁猟指定を主に取り扱っている賊集団なんてのもいるらしい。
カッパはみんな正直者で良い奴なんだぁ〜と不文津はギュイギュイ笑っていたが、それは本当に笑い話なのかどうか春人には分からないでいた。
不意にお尻を触りかけた所で、大きな洞穴が見えてきた。
「ここが一番くっせぇとこ。臥ヱ胤(ガウェイン)の根城な」
道端に落ちている小石みたいな顔でヘクヘクと笑う不文津がぼそりと告げた。