大井戸幕府領はいくつかの群島によって構成されている。大井戸城を構える本島は幕府の直轄地であり、一番の面積を誇り、人口も他島に比べると圧倒的に多い。その他の群島は、初代当主の分家筋にあたる通称九家が治めている。人口構成はカッパが99.9%とほぼ全てを占めており、これは彼らの雑食、悪食という性質と、共食いを行わないという要因が合わさった結果である。
本島とその他の群島についての関係は、本当にわかりやすい。本島に非ずんばカッパに非ず。心ない本島民からは流刑地と呼ばれることも多々ある。たとえ大井戸姓を持って生まれたとしても、いわゆるお世継ぎ戦争に敗れてしまえば、本島から放り出されてしまうという訳だ。下々の者たちについては言うまでもない。
このため本島への出入りは大変厳重となっている。というのが先代当主が治めていた頃の話である。
当代当主が情熱をもって推し進めた伽羅倶梨<からくり>は、領民全てが想像していたよりも遥かなスピード感をもって、その栄華を極めることになる。交通、流通、食料など挙げればきりがない。海運だけでなく空運が発達したことによって、本島とその他を物理的に分け隔てていた海という存在は、今や何の障害にもならなくなってしまった。カッパにとって空は憧れであった。民間法人レベルにまで空運が普及するようになったのは、伽羅倶梨<からくり>の力に他ならない。
ただ、伽羅倶梨<からくり>の力も万能ではない。プラスになる面もあれば、マイナスになる面もある。伸びていく産業があれば、廃れていく産業が出てくるのも必然である。食い扶持をなくしてしまったカッパたちの末路は、ご想像の通りである。ギャンブルに手を染め、非合法なやり口で糊口を凌ぐようになる。これまでであれば適正な割合で推移していた取り締まり側も、ほんの少しずつではあるが取りこぼすようになってくる。臭いものには蓋と言わんばかりに、流刑地送りにしてきた方法は、もう解決の手段として機能しないのだ。これまでの凝り固まった本島指向な考え方が、さらに人口密度の増加に拍車をかける。
かつて空に憧れを持っていたカッパは、地下に潜った。
禁猟指定種の取り扱いはもちろんのこと、文字にするのも憚られるようなモノまで取り扱っていることで有名な賊集団――臥ヱ胤(ガウェイン)――。
彼らも例に漏れず、当代当主の推し進めた伽羅倶梨<からくり>の恩恵を受けられなかった者たちである。その母体は地下運河を中心に生業を行っていた海運問屋だ。現在でも運搬関連のものは、当時の海運業者が末端構成員としてその任に就いている。上層部の主要構成員は、とある時期に差し掛かって一新された。末端構成員といっても、ある程度の裁量を与えられていたため、その発言権というのは決して小さくない。そして彼らも生きていかねばならない。そうすると自ずと担ぐ相手というのは、より大きな存在となっていく。
大井戸幕府には最大とも思われる統治機構――カッパ・フィールド――が存在する。これは初代当主が力を発現し、それによって天下統一を果たした。歴代の当主はこの力を継承し、大井戸幕府は安寧を謳歌している。この効力は幕府領全域にまたがり、とあるペナルティによって通称:呪いが発現してしまう。ペナルティや呪いの種類については当主によって異なるのが特色である。
当代当主――家信――による呪いによって、姿形を変えられてしまった最初の犠牲者。
人間の女性。
彼女こそが、臥ヱ胤の女頭領――おあき――である。