洞穴の入り口はしっかりとした材質で誂えられていて、坑道口と言った方がイメージに近いかもしれない。その春人の見立ては正解で、ここはかつて地下運河の運搬口として使われていた所だった。
先頭には、戦力としては申し分ない力を持っている佐左エ門。続いて不文津と春人が追いかけるような形で洞穴に進入していく。
参る! という佐左エ門の小さな合図と共に、3人は駆け足で入り組んだ階段状のスペースを駆け下りていく。最初はしっかりとした地面だったこともあり順調であったが、歩を進める毎に春人は違和感を覚える。固い地面であることに変わりはないのだが、水たまりの上に何も考えずに足を突っ込んだような感覚に襲われる。同じスピードで右後ろを走っていた不文津に並ばれ、気付くと二人を追いかけるような形になっていた。
(佐左エ門はペンギン歩きではないんだな)
そんなどうでも良いことを考えていると、前を走る不文津から大丈夫かと声がかかる。
(歩幅を考えたら絶対に抜かれるはずはないのに)
春人は違和感の正体を掴めない状況で休憩を申し出た。前方の二人はその声を耳にし、一旦踊り場のようなスペースで休むことになった。
「なんて言ったら良いか分かんないけど、こう水たまりをバシャバシャ突っ込みながら走ってるような感じで、気付いたら二人から引き離されちゃったんだけど」
どうしたら良いものか二人に助けを求めてみたが、両者とも要領を得ない様子だ。
「拙者は別段問題はござらんが――不文津殿は?」
「……」
固茹でトウモロコシのような顔で不文津は押し黙っている。
「それでは春人殿を先頭にして、それに拙者らが続く形で進みましょう――」
それで宜しいか? という問いかけに二人は頷いた。
(問題が解決した訳ではないけど、今は進むしかない……)
先頭を指名され、いざ走りだそうとした春人は、中腰の状態から無言でゴーサインを出そうとしていた。その瞬間、薄暗かった辺りはほんのりと発光し、足元からはドライアイスのような白い霧状の何かが坑道を埋め尽くそうとしていた。
「――!」
咄嗟に何かの気配を感じたのか、佐左エ門は抜刀し二人よりも数歩先の霧の中へ消えていった。突然の離脱に春人は心細くなり不文津の方へと振り返るが、頭を横に倒すような仕草を見せ、見当もつかないといった様子だ。
『敵に勘付かれたのやもしれんな』
急に真面目そうな野太い声が聞こえたので、春人は吃驚して辺りを見渡す。誰だ――今のは。
『敵に勘付かれたのやもしれぇんな』
声の聞こえた方角に振り返ってみると、そこには間抜けそうな顔をした不文津がいた。
春人の右手がお尻から不文津の頭へと振り下ろされる――カッパのくせに急に牛みたいな声を出しやがって。ベェベェと鳴きながら、目の前のカッパは笑っていた。
(少しナーバスになりすぎていたのかもな)
こんな状況にあっても、自分以外の誰かを気遣う余裕がある不文津を見て、春人は少し冷静さを取り戻す。
視界が良くないにしても佐左エ門を一人にしておく訳にはいかない。ほんの少しでもいいからと春人は摺り足で前進しようとした。
その様子を見て、不文津が春人より前にぴょんと飛び出すと、背後から叫び声が聞こえてきた。
「ギョエエエエエエエエエエ」
振り返った春人の視界に入ったのは、こちらに斬りかかろうと飛び上がったカッパの姿だった。
いつか来てしまうであろう、こういったシチュエーションを考えたことがない訳ではなかった。ただ刀で斬られる痛みというのは、どうしても想像できなかった。この瞬間になって、想像以上の痛みが自分を襲うであろうことを覚悟した。それは生命の存続に関わるくらい決定的なものになってしまうかもしれないと、力の限りに身構えはしたが、それでも恐怖に耐えられず春人は目を閉じた。