想像を絶するような痛みを覚悟していた春人は、鉄のぶつかり合うような音がしたにも関わらず、自身の身に何も起こらなかったことを不思議に思った。恐る恐る、少しずつ目を開ける。
すると、そこには右腕のない不文津が立っていた。
春人は自分の身に何が起きたのか、それを把握しようとした。それでも、目の前で敵に立ちはだかっている不文津から目が離せない。
「不文津!!」
さっき自分の目の前を飛び出していった不文津が、なぜ自分の背後にいるのか分からない。
聞いたこともないような野太い声を出してまで人をからかってたような奴が、なぜそこに立っているのかが分からない。
「なんで……」
出会ってから数時間しか経ってない見ず知らずの人間のために、なぜ体を投げ打ってまで助けようとしたのかが分からない。
「大丈夫よ」
「だって右腕が」
不文津の受けた痛みは、本来は自分が受けるべき痛みだった。そのことを思うと、叫んでも仕方ない状況にも関わらず、いたたまれない気持ちでどうにかなりそうだった。目の前のショッキングなシーンを、ただ見たまま口に出してしまう。
「不文津の右腕が!」
「――大丈夫なんよ」
明らかに痛みでぷるぷるしている不文津を見ていると、それが強がりでしかないことが分かる。
努めて冷静な口調を保とうとしているが、それはとても無理をしていて、守られた誰かに心配をかけまいとしているのが分かる。
取り返しのつかない状況を招いてしまったのが分かる。
そして、それは全て自分のせいだってことが分かる。
「どうして――」
「……」
目の前の右腕のないカッパは何も語らない。
半ばパニック状態になった春人の視界の端に、先程斬りかかってきたカッパが二の太刀を浴びせようとしていたのが見えた。
これ以上、不文津を傷付ける訳にはいかない。不文津が傷付けられる訳にはいかない。
咄嗟に飛び出そうと春人は、二度目の覚悟をする。
今度は自分の番だと――。
今度こそ自分の番なんだと――。
お尻から手を離し、不文津の前に自分の体を投げ出そうとした、その瞬間、春人の足は何者かの手によって引っ張られ、地面に顔を打ち付け派手に転んだ。
目の前に地面があることを自覚した春人は、咄嗟に顔を上げた。その時、足を掴まれていた感覚は既になくなっていた。
春人の足を掴んでいた手はどこへ行ったのか。足元から春人の頭上を超え、その先で襲いかかろうとしていたカッパ目掛けて飛んで行く。シューッと蒸気のようなものを噴きながら、錐揉み回転しているその物体は、相手の顎の先を的確にかすめた後、ガロンと音をたて、地面に落ちた。
何が起きたのか分からない。
「だから大丈夫なんよ」
敵を吹き飛ばしたその右腕の持ち主は、飄々とした雰囲気で大丈夫と何度も口にする。
「義碗っていっても外れたらちゃんと痛えしな。分かる?」
すぐには分からなかった。春人がこの状況を理解できるようになるまでには、それなりの時間を要した。
少なくとも不文津が右腕――義碗――を元通り装着し終えるまでは。