まるでゴムマリの如く

 不文津が斬り落とされた右腕をふっ飛ばしていた一方で、もう一つの戦いはすでに始まっていた。
 独特の摺り足でジリジリと間合いを詰める佐左エ門に対し、たまらず飛び込んでいく臥ヱ胤の構成員。
 一閃。また一閃と続けていく内に、視界の辺り一面に転がった手負いの構成員が増えていく。
 足元のそれらを綺麗に避けながら、佐左エ門は一人奥へと走った。

 狭い通路にて、複数人の賊がその道を阻もうとも、持ち前の体術でそれをもろともしない。走るスピードはそのままに、壁を横蹴りにして跳躍。宙返りしながらの一閃。塊の中段に位置していた巨漢のカッパの頭を足場にして、さらに跳躍。愛刀を正面に構え、大砲のような勢いで後段の足元に着弾。振り返りざまに一振り。
 「失礼――」
 ねっとりとした、それでいて涼やかな声色が坑道内に響き、賊たちを置き去りにしていった――。

 すっかりポンコツと化した不文津を背負い、春人は佐左エ門が消えっていった方角へ進んでいった。
 視界が開けた訳でもないが、右や! 左よ! と背中に乗ったポンコツがテキパキと指示を出してくる。入り口付近のしっかりとした坑道のような作りに比べると、ここら辺りはアリの巣状なっていて、自分がどこに向かって行っているのか、正直言うとさっぱり分からないでいた。
「こういうん時に便利なんが伽羅倶梨<からくり>なんよ。なんでも至れり尽くせりでもねぇが」
 保険の意味も込めて、佐左エ門には予めはぐれた時用の鈴――伽羅倶梨<からくり>――を付けていたと言うのだ。
「ハル、急げ! 急げ! 急げ! 最終決戦の一番おいしいとこに間に合わんぞ」 
 ぷらんぷらんの右腕で春人の頭をペシペシと叩く。
「ところで、その右腕をバシューンと飛ばすやつは、この後も使えるようなものなの?」
(最終決戦とやらが待ち構えているなら、一応確認しておきたい所だ)
「これなぁ。見たら分かると思うけど脱法伽羅倶梨<からくり>なんよ」
 使えないこともないけど、誰彼構わず見せてしまう訳にはいかないということらしい。
(見て分かるんだったら苦労しないんだけどな……)
 訳アリのナビを担ぎ、悪路の中を春人も走り抜けていく――。

 奥へ奥へと先行していた、佐左エ門の獲物はたった一つ。
 臥ヱ胤の女頭領――おあき――だ。
 坑道突入後の佐左エ門には、何より急ぐ理由があった。この坑道はまもなく水攻めが始まる。自らが手引きした幕府の手によって。それが佐左エ門時國の仕事だ。
 剣術・体術と類まれなる才を持ち、先代当主から厚い寵愛を授かっていた時國であったが、当代になってからは要職を離れた。現在は自ら率先して死地に飛び込むことを是としている。要職を離れたのは自身の希望でもあった。
 希望はこの先にある。 
 彼女を見つけたい。
 彼女を逃したい。
 この坑道の作りなら、きっと奥から折り返す裏口があるはずだ。
 目の前にいる賊など用はないと、障害を一つ一つ片付け、先へ先へと急ぐのであった――。

BGM Info

アーティスト紹介
藤井 タクミ
得意ジャンル
ポップス ブルース ロック
心掛けてる事
たくさんの曲を幅広く聴く事