よろしかったのですか。そう問いかける声の主は、大井戸幕府伽羅倶梨<からくり>老中――麦芽玄米――。
当代当主直々に召し上げられ、今や幕府内で当主に次いで最も影響力のある人物である。
「いいんじゃよ、いいんじゃよ」
夕焼け空を眺めながら答えるのは、大井戸幕府当代当主――大井戸家信――。
今回の臥ヱ胤掃討作戦の旗振りをしていたのは、この麦芽玄米である。何の思惑があってのことかは分からないが、自ら使い勝手の良い手駒――佐左エ門時國――に成り下がってくれたのを好機と捉え、今回の作戦に投入した。ある程度の自由裁量を与えたことで、本人がやる気を持って公務に励むというのは素晴らしいことだ。ただ何の制約も無しに泳がせておくほど玄米は甘くない。
本作戦を遂行するにあたって、佐左エ門時國の見聞きした情報は逐一記録されていた。名目としては、彼の卓越した力を計測し、戦力の増強に活かすためというものだった。手元のデータには、走行距離から心拍数、キル数、消費カロリー、会話のログに至るまで事細かに計測されている。途中で妙な干渉はあったにしても、付けていた鈴――伽羅倶梨<からくり>――は見事に機能していたという訳だ。いくつか懸念は残ったが、大局で見ると成功したと言っても問題ない。
家信は茶を啜りながら、今回の作戦でとれた記録情報から様々な可能性について考えていた。
なんとなくそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。これが偽らざる本音だ。生前生の頃の記憶なんて当てになるものでもない。ただお尻を触っていた小僧を見て強い既視感を覚えたもの確かだ。
(なんの因果でここへ迷い込んだのやら。まあお尻抱えて半泣きになってる姿は傑作じゃったがの)
死後、自らの理想――時代劇――の世界に君臨することとなった、かつて大戸市次郎と名乗っていた人間、大井戸家信は思う。
現在、佐左エ門時國の記録は途絶えてしまっている。可能性としては地下運河を経由して、幕府領外――外海――に出たのが有力ですと玄米は語る。
「先代当主の三女であった想い人と共にあるのならば、それも一興。はっぴぃえんどっちゅうやつじゃな!」
結局、文字通り全部水に流れてしまったしの――と最後に付け加え、大井戸家信は呵呵と笑った。
伽羅倶梨<からくり>老中――麦芽玄米――は、どうしても確認したいことがあった。しかしそれは叶うことなく、家信にはうまくはぐらかされてしまう形となった。
玄米が懸念していたのは佐左エ門の方ではなく、幕府最大の統治機構――カッパ・フィールド――の枠外に存在する、あの小僧である。記録では佐左エ門とともに外海に出たような節もある。あのタイミングで幕府領に残っているとは考えにくい。
先代当主のご落胤――あおき――の方は、あの姿でいる以上、後で何とでもなるはずだ。臥ヱ胤の後釜に処理させても良い。
やはりあの小僧だけは駄目だ。あんな化け物がこの世に存在していいはずがない。現在の安寧は、絶対に揺らぐことのない統治機構と、伽羅倶梨<からくり>によって成り立っているからだ。
探索という名目で上申し、速やかに動かねば。恩人である家信の障害になり得るものは、徹底的に排除せねばならない。
玄米はこれまでより短くなってしまう睡眠時間のことを憂い、目を閉じた。
後に探索組が結成され、伽羅倶梨<からくり>航空機を使っての大々的なネズミ捕り、もといカッパ捕りが始まるのだが、今回のお話はこの辺りで。